鼠径ヘルニアとは
腹壁から腸が飛び出した状態のこと。「脱腸」とも言います
鼠径ヘルニアとは、足の付け根である鼠径部(そけいぶ)にできるヘルニアのことであり、ヘルニアとは、元来あるべきものが飛び出してくることです。
お腹の中にある腸や脂肪などが、腹壁(筋肉でできている壁)にできた欠損部(弱くなったところ)から出てきてしまうことになります。腸が飛び出すことから、昔から「脱腸」と言われています。
鼠経ヘルニア手術患者さんの年齢・性別(2018年度~2022年度)
過去5年間、当院では年間130~160件の鼠径ヘルニア手術を行っています。
年代では70代が一番多く、続いて80代、60代となっています。また男性が8割強を占めます。
立ち仕事や腹圧がかかりやすい肉体労働、運動などをしている人、便秘症の人、肥満の人、咳をよくする人、妊婦さんは鼠径ヘルニアになりやすいとされていますが、正確なデータはありません。
鼠径ヘルニアの分類
鼠径ヘルニアには、先天性(生まれつき)と後天性(加齢的変化)があり、どの部分にヘルニアができるかによって、以下の3種類があります。
睾丸につながる血管や精管(女性では子宮つながる靭帯)の通り道に沿ってお腹の中のものが出たり入ったりします。鼠径ヘルニアの8割が、この外鼠径ヘルニアです。
■内鼠径ヘルニア
腹壁が弱くなることが原因のため、中年以降に多いとされています。
■大腿ヘルニア
大腿動静脈というお腹から足へいく血管の通り道に沿ってお腹のものが出たり入ったりします。高齢のやせ形女性で複数回の出産経験のある人に多いと言われています。
小児のヘルニア、いわゆる先天性の鼠径ヘルニアは、大部分が外鼠径ヘルニアです。
大人のヘルニア、いわゆる後天性の場合は、先天的に鼠径ヘルニアの因子を持っていたところに加齢的変化が加わって症状が出てくる場合もあります。
鼠径ヘルニアの症状
鼠径ヘルニアの症状は、鼠径部のふくらみと、それに伴う違和感や不快感などが主なものです。基本的には強い痛みを感じることはありません。また腹圧が高くなる時、いわゆる立った状態やお腹に力を入れる時にふくらみが目立ち、仰向けになるとふくらみがなくなってしまうことが一般的です。
鼠径ヘルニアの診断
鼠径ヘルニアの診断は、問診と視触診で可能なことが多いです。特に腹圧をかけた状態、立ち上がった状態での視触診は有用と考えます。場合によっては、CTや超音波検査を追加することもあります。
嵌頓(かんとん)を防ぐために
痛みが強く感じられる場合は、嵌頓(かんとん)という状態になっている可能性があります。
嵌頓とは、お腹の中のものが腹壁の外へ飛び出してしまい、仰向けになった状態でもそれが戻らなくなった状態をいいます。多くの場合で硬くなっており、強い痛みを感じます。また膨らんでいる部分を触ると痛みが強くなることが多いです。
もし飛び出しているものが腸であった場合、戻らない状態のまま放置しておくと腸が壊死して(腐って)しまい、場合によっては死亡することもあるため、嵌頓した場合は、急いで受診する必要があります。腸が飛び出して戻らなくなってから5~6時間で壊死が始まると言われているため、夜中に嵌頓(かんとん)に気がついたとしても翌日まで待たずにすぐに病院へ行ってください。緊急手術になるかどうかは状況次第ですが、緊急入院になることが多いでしょう。
このように、ある日、嵌頓を起こし緊急手術になる可能性は、鼠径ヘルニア患者さん全体の2~5%と言われており、嵌頓を防ぐ治療がすすめられます。
鼠径ヘルニアの治療
鼠径ヘルニアの治療は手術のみ
鼠径ヘルニアの治療としては、現在のところ外科手術のみです。これは鼠径ヘルニアが構造的な変化に伴い症状を出しているためであり、自然に治ることはなく、また薬で治すこともできないからです。その手術件数は外科手術の中でも最も多く、2021年度は全国で111,858件となっています。当院では152件でした(共にDPCデータより) 。
1980年代まではヘルニア門(腹壁が弱くなった部分)を周囲の筋肉や筋膜などを寄せてフタをする手術が主流でしたが、術後に突っ張る感じが強かったり、再発が多いなどの問題からメッシュ(人工物)を用いた手術が開発され、1990年代半ばからは主流となっています。
話題の
治療法小さな傷がひとつですむ単孔式(たんこうしき)腹腔鏡下手術
手術の方法は、足の付け根(鼠径部)に5~8cm皮膚を切って行う「鼠径部切開法」と、「腹腔鏡手術」の二つに大きく分けられます。腹腔鏡手術は、お臍付近に1.0~1.5cm、その他に5mmの傷を2ヵ所で行う腹腔鏡手術(多孔式)、さらには当院で行っている、お臍の傷ひとつで行う単孔式腹腔鏡手術などがあります。
腹腔鏡手術に関しては、1991年から行われていましたが、当初は手術数が極めて少ない状態でした。腹腔鏡手術の機器や手技の進歩に伴い、2004年頃から手術件数が増加してきています。
当院での腹腔鏡手術の割合は2020年までは10%前後でしたが、2021年には20%を超え、2023年には日本内視鏡外科学会技術認定医かつ日本ヘルニア学会評議員の亀山が赴任し、4月以降は積極的に腹腔鏡手術を、その8割以上を単孔式腹腔鏡手術で行っています。
単孔式腹腔鏡下手術は、お臍の下に1.0~1.5cm程度の傷ひとつで行う手術であり、術後の創部が目立ちにくく、ほとんど分からなくなる場合もあり、整容性に優れた方法です。腹腔鏡手術の場合、術後3時間後より離床(歩くこと)可能であり、身体へのダメージが少ない手術方法と考えます。
当院で施行する腹腔鏡手術:3つの方法
当院で施行している腹腔鏡手術には、以下の方法があります。
- TAPP(Trans-Abdominal Pre-Peritoneal repair: 腹腔内アプローチ 図①)
- TEP(Totally Extra-Peritoneal repair: 腹膜外腔アプローチ 図②)
- LPEC(Laparoscopic Percutaneous Extraperitoneal Closure: 腹腔鏡下経皮的腹膜外ヘルニア閉鎖術)
原則として、再発ヘルニアや大きなヘルニア、嵌頓ヘルニアなどにはTAPP(図①)を選択し、それ以外にTEP(図②)を行っていますが、患者さんの状態により手術の方法が変わることがあります。これら2つの手術では、鼠径ヘルニアの原因となっているヘルニア門(腹壁が弱くなった部分)をメッシュ(人工物)で覆う手術となります。
また小児から若年成人、一般に30代以下の小さな外鼠径ヘルニアに対しては人工物であるメッシュを用いない術式であるLPECを行っています。
患者さんへのメッセージ
安全な手術を、小さな傷で
自分の家族が手術を受けるのであれば、しっかりとした治療となることは大前提の中で最も身体に負担の少ない手術をしてもらいたいと思っています。自分たち外科医ができる工夫の中で何をすれば身体に負担が少なくなるかを考えた結果、より少なく、かつ小さな傷で行う手術を目指しています。
若い頃行っていた腹腔鏡手術(胆嚢)は、12mmの傷が4カ所でしたが、徐々にサイズを小さくしていき、12mmひとつ、5mm3つで行うようになり、患者さんによっては5mm2ヵ所にしていきました。2008年からは単孔式腹腔鏡手術を行うようになってきましたが、最初は2~3cmの傷ひとつでした。現在では、1~1.5cmの傷ひとつで行うようになっており、これは世界最小の傷であると自負しています。
鼠径ヘルニアは良性疾患ですが、嵌頓(かんとん)を起こしてしまうと命に関わることもあるため、嵌頓を起こさないための手術を必要とします。足の付け根(鼠径部)に違和感や痛みを感じたり、出っ張ってきたかもしれないと思ったら鼠径ヘルニアの可能性がありますので、外科外来にてお待ちしております。 外科・消化器外科 亀山 哲章 Kameyama Noriaki 消化器外科を専門としています。その中でも一つの小さな傷のみで手術をする、単孔式腹腔鏡手術をライフワークとして行っており、特に胆石や鼠径ヘルニアに対する単孔式腹腔鏡手術はともに1000例を超える手術を経験しています。より少なく、より小さな傷で行う手術を追求し、今後とも患者さんに満足していただける手術を提供できるように精進していきますので、よろしくお願い致します。
外科・消化器外科部長
亀山 哲章
医師紹介
1993年
慶應義塾大学医学部 卒業
1993年
慶應義塾大学病院外科研修医
1994年
けいゆう病院外科
1995年
足利赤十字病院外科
1996年
慶應義塾大学病院外科専修医
1999年
国立病院機構霞ヶ浦医療センター外科
2005年
国際親善総合病院外科部長
2015年
IRCAD Strasbourg(留学) Invited Professor
2016年
立川病院外科消化器外科部長
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